私の心は何を感じるのか

心の感じるまで学び続ける

迷いの先の良心

 私は治験をしている、そして2週間に1回 注射を打ち


経過観察をしている


というのは、以前に簡易的に記載したことがあったと思います


 私は今月8月1日にコロナの濃厚接触者となり、14日間の自宅での拘束となる


感謝することに、7日の日に陰性と報告を受けるが、拘束期間は解けない


しかし、私は6日の日に治験の注射をうけなければならない


PCR検査の結果はこの時出ていない


私の心は激しく揺れる、結果が出ていない


私が黙っていれば、治験の注射を受けることができる


しかし、自分の良心は激しく揺れる、もしそのまま受ければ


病院で待っている患者さん、看護士さん、先生にコロナを移す可能性が…


当たり前の行動だと言われればそれまでの話であるが…


私は、治験のコーディネーターに連絡を取り、申し訳ないですが


濃厚接触者になり、治験を受けることができない旨を伝える


これで私の治験は終わり、仕方がない、残念ながら自分の行動に対して


今を大切にすることで、後悔の念はないと…


そして、それから 数日してコーディネーターより電話があり


治験は1週間延ばせます。その代わり先生からの電話診察を受けてください


当然、私は「わかりました。」と


毎日、塗っている薬がないのですが…


「郵送します」と…それともう一つお願いがありますと


「治験の契約書を追記記載しなおしますので、継続をお願いします」と


「もちろん、こちらこそご迷惑をおかけします」と


そのあと、電話が終了する。


私の心は、震えていた、涙ぐんでいた


私は、どのようなことも受け入れる、致し方ないと


どこかで自分の心を抑え込んでいた


でも、私の心とは別に動いてくれている誰かがいる


そして、それは大きな力となり、世の中のほんの小さな決まり事を


変えてい行く。


私は、すべての人に感謝すること、良心に従い、今を生きる判断をすること


決断をすることを改めて認識する事ができた。


コロナ中で、ほんの小さな出来事かもしれない


しかし、この出来事は、私の心の中に大きな感謝としての記憶に


残ることになった。


 ~忙しい世の中ではあるが、すべての出来事に
      日々大切な出会う人に感謝~

言葉の違和感は「らしさ」の違い

 今日、新たに気が付くことがあった


AさんがBさんに話をすると、あまり理解できなく


何故か、自分の心に言葉が響かない…


CさんがBさんに話をすると、なるほどと感じ


何故か、自分の心に言葉が響く…


このような、体験は皆さんはないだろうか


では、AさんとCさんの出来事に対しての理解度の違いはあるのでは?


これもまた、よく考える答えであるが、そこに実は本質がなく


そのまま、うやむやな答えのまま皆が深く考えず


日常を過ごし、だんだんと興味が無くなり


以前もこんなことがあったよなぁ~と回想することがよくある


では、本当の違いは何なのか…


Aさんは出来事に対して自分の枠(らしさ)外から言葉を伝える


Cさんは出来事に対して自分の枠(らしさ)内から言葉を伝える


ではBさんは(らしさ)内外の違いを言葉から感じるのか…


話しをしているときは、感じる事はない、でも理解もできない


※腑に落ちない顔を無意識にしていることが多い


では腑に落ちると自然とうなずきが発生し、表情が話に引き込まれていく


ということは、「らしさ」は人同士の信頼関係を生み出す


と同時に人間という存在の「脳」の何気ない「らしさ」の違いを


感じとることができる、人間の前頭葉と島皮質の発達には素晴らしい


可能性を感じる事ができる。


自分を中心点として「らしさ」という距離(例えば10cm)


自分を中心点外からの「らしさ」の距離  (例えば9.9cm)


誤差0.01mmの


言葉の違いを感じる。一見難しい距離感を感じる言葉の世界が


人間関係を創り出している。


あなたの言葉が「らしさ」を乗せて相手の心の中に響いているだろうか…


それはきっと「本当の人間」の始まり…


さあ、「らしさ」を探そう、自身の心の中のどこかに隠れている


小さな「らしさ」の声を聴いてみよう


そこにあなたの「本物の心」が輝いている

檻からとびだせ

 私たちの心は無意識に支配を求めている


自由になりたいと心は思っていても


言葉では支配を求めている


「指示をください」
「でないと何をしていいのかわかりません…」


こんな自分になっていませんか


いつも間にか自由に恐怖を感じ


自分の安全地帯の檻をつくりだす


あなたの心の声はいつの間にか小さくなり


自分自身の心の声が聞こえなくなり


自分自身で作った檻から出れなくなる


もうそこには自由を求めていた心が


自由を恐怖と感じている


恐怖にかられた心は、なかなか自分の力では動けない


私はこのままでいいのか…


恐怖を克服し、勇気をもって檻から


何にも縛られない、自由を心の中に取り戻せ